2020-07-14
2020-07-14
HITOTOWAの寺田です。
新型コロナウィルスによる自粛生活を経て、暮らしにおける「人とのつながり」の大切さを改めて感じている方も多いのではないでしょうか?
そこで今回は私の実体験から、中国の集合住宅で見た“ゆるいつながり”のある暮らし──「まちぐるみ」の暮らしについてご紹介したいと思います。
大学・大学院時代の4年間、私は法政大学・高村雅彦教授のもと、上海の住宅街区「里弄(リロウ)」を対象に研究を行っていました。具体的には、「建築空間や街区構成」が「文化継承や生活コミュニティ形成」に与える可能性についてです。
簡単にいうと、「100年前に建てられた集合住宅が取り壊されず、今も人々が豊かに暮らしつづけているのはなぜか?」という問いに対し、建築的側面だけでなく、文化や暮らしかたを含めた両面で読み解いてゆくのです。
私が上海の同済大学大学院に留学したのは、2012年のこと。それから1年間、フィールドワークや実測調査を通して住民の方々と交流を重ね、生活文化への理解を深めてきました。それらの経験が、私の原点になっています。
さて、ここで私が研究していた「里弄(リロウ)」について少し解説します。里弄とは、同じ間取りが横につづく棟割長屋が、複数の弄(路地)を介して複数配置され、街区を構成する集合住宅様式のことです(下図参照)。
(里弄街区構成)
大通りに接する街区の周囲には「店舗型住宅」が建ち並び、さまざまな「商い」が営まれています。これが里弄の特徴のひとつでもあります。
また街区の内部は、まず「主弄」と呼ばれる幅の広い路地が南北方向に通り、そこから枝分かれするように、複数の「支弄」とよばれる細い路地が通っています。
この路地を介して棟割長屋の住宅が南向きに建設され、高密な集合住宅区「里弄(リロウ)」が形成されています。ただし、これらはあくまで基本構成。実際は建設時期・環境・敷地の形状などに合わせ、柔軟に街区が構成されているんですね(参考:下図)。
私が研究対象としていた里弄は、先に挙げた基本構成を有し、100年近く前に建設されたものが中心でした。そのため、街区内部のインフラ整備(特に給排水)は現在でも不十分。建設当時は住宅内部に手洗い場やトイレすらありませんでした。
それでもその里弄では、集合住宅として変わらずに人々が暮らし続けてきた。その理由はどこにあるのでしょう? そして私が現地で実感した、里弄における生活空間としての豊かさとは……。
ここからは実際に里弄を歩きながら、それらの謎について解説していきたいと思います。
(里弄俯瞰写真、街区周囲の店舗風景)
「里弄」内部の住宅エリアは、街区を囲うように位置する「店舗型住宅」により外部と隔てられていて、住民の方々が使う入り口は2箇所あります。
入り口に立つと気づくのは、必ず「門番」がいること。
ただそれは、門番という職務ではなく、何かしらの「商い」を行っている人が「自然とその機能を果たしている」のです。ここがまたおもしろい点ですね。
ある里弄ではタバコ屋さんのようなお店が門の横に併設されていたり、また他の里弄では、門横の公共空間で屋台や靴修理店が営まれていたり。常に人目があることで、部外者のチェック機能を果たしているんです。私もたいてい、ここで呼び止められていたことを覚えています……。
(無意識に門番の役割を担っている売店、靴修理店、屋台)
第一関門を突破して中に入ると、枝分かれした路地が広がります。
メインの路地は幅も広く、時折、竿竹や野菜を売るおじさんなどが通ることも。住宅街を歩いているような気分です。
ただし、そこからさらに枝分かれして、住宅の入り口につながる細い路地へ進むと……。雰囲気はがらりと変わります。路地上には、増築された手洗い場や個人用浴室。またタライや椅子、鳥かごなど個人の所有物が置かれ、公共空間でありながら、住民の生活がにじみ出しているのです。
そこには必ず住民の姿があり、日常的に挨拶が交わされる関係性があります。
(竿竹おじさん、手洗い場で洗髪するおばあちゃん)
このように、外部空間(パブリック)から住宅(プライベート)をつなぐ導線を、そこに暮らす人のモノや行動、また空間によって段階的に隔てていくこと。扉や鍵で隔てるわけでも、規則や第三者の管理に頼るわけでもない──。これが「まちぐるみ」で暮らすということであり、また、この地で豊かな暮らしがつづいてきた秘密なのではないでしょうか。
当時は暮らしていくために助け合う必然性があったのかもしれません。ただ生活が豊かになった今、そしてコロナ禍を経験した今、この「まちぐるみの暮らしかた」から学ぶことがあるような気がしています。
(里弄の断面図)
大学院修了後、私は集合住宅における暮らしのありかたをハード・ソフト両面から学ぶため、マンション管理会社に就職しました。その後、現場での経験を生かしてより多角的にまちづくりに関わりたいと思い、HITOTOWAへ。
HITOTOWAに入社した一番大きな動機は、それまでの経験で感じていた「集合住宅における空間やつながりのありかたは、もっとおもしろくなる」という思いを、カタチにできると思ったからです。
入社後は、主にネイバーフッドデザイン事業を担当。「ご近所同士のゆるいつながりづくり」を手段とし、さまざまな地域で、住民の方々と地域課題解決に取り組んできました。
まちの人が共感できる課題を見つけ、その解決方法を一緒に考えることで、地域への愛着を育んでいく──。大事なのはその過程で生まれる「つながり」や「体験の共有」が、まちに蓄積されていくことなんじゃないか、と今は感じています。
かつては地域のお祭りや町内会活動などがその役割を果たしていたのだと思いますが、社会的環境の変化でその機会は減りつつあります。
ただそれでも、日常におけるほんの少しの意識や工夫で、「顔の見えるつながり」はつくっていけるはず。特に、年代や価値観が異なる家族が暮らす集合住宅では、その視点で共用空間やルール、暮らしかたを見直せば、もっともっとおもしろくなるのではないでしょうか?
今回、中国の事例から学んだ「まちぐるみ」というキーワード。
これを「防災」視点だけではなく、「暮らしを豊かにする」ヒントとして、集合住宅の暮らしのありかたを探求しつづけていきたいと思います。
(HITOTOWA INC. 寺田佳織)
※記事内の写真や図は全て筆者撮影、作成(最下部の写真を除く)
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