2024-09-06

#35 見守る存在が、賃貸マンションのコミュニティを育む?「守人(もりびと)」の挑戦(フロール元住吉)

賃貸マンションにおける、理想の“管理”とは何か。そもそも目指すべきは“管理”という関係性でいいのか。賃貸マンションでコミュニティは育つのか──?

これらの問いには、決まった「正解」があるわけではありません。

ただ今回は、その答えの1つの可能性として、私たちがこの4年ほど挑戦し続けている新しいスタイルの管理人、「守人(もりびと)」の軌跡をお話ししたいと思います。

こんにちは、HITOTOWAの田中宏明です。

私は2018年の調査・企画段階から、神奈川県川崎市の賃貸マンション、フロール元住吉のプロジェクトに参画。2020年からは「守人」として現地に常駐し、管理やコミュニティサポート業務を行ってきました。

当初は私がほぼ一人で担当していた守人業務。前例のない取り組みのなかで悩みや葛藤もありましたが、そうした試行錯誤を経て、現在は地域住民の方々も含む安定したチーム体制で「守人」を運営することができています。

今回、私が9月で本プロジェクトから異動することもあり、約5年の担当期間で見てきた景色を伝えられればと思い筆をとりました。守人関係者の方々はもちろん、マンションから地域を含めたコミュニティづくりを考える皆さんの参考になれば嬉しく思います。

管理の目も持ちながら「居場所」や「関係性」をどうつくるか?

始まりは、2018年。

HITOTOWAは公募を通して、神奈川住宅供給公社の新規建替153戸の賃貸マンション「フロール元住吉」の入居者同士、および入居者と地域の方々をつなぐコミュニティ形成業務を担当することになりました。

フロール元住吉の物件コンセプトの参考になっているのは、従来の賃貸物件の管理において出てきた課題感。

たとえばある賃貸物件では、コミュニティ形成のためイベントを定期開催するなか、「参加者が固定化して効果が限定的になった」課題感がありました。そこでフロール元住吉では、イベントよりも「日常的な居場所/関わりづくり」を重視する方針に。

また賃貸住宅では分譲住宅に比べて気軽に引っ越しができることもあり、管理人などの「目」がないとごみ分別や喫煙まわりのマナーの悪さにつながりやすく、住環境のクレームが多くなるという課題感もありました。

こうした課題感をふまえ、フロール元住吉では、ハードとソフトの両面からバランスよく維持管理しつつ、日常のなかで居場所づくりや関係性づくりを行う体制を目指そうという方針になったのです。

その主軸となるのが、「守人」。常駐して日常的に入居者の方を見守りながら、イベントや関係づくりも行う、コミュニティマネージャーのような存在です。

従来の管理人は清掃や設備・ハード面の管理をするイメージが強いですが、守人はソフト面に寄り添い、入居者とのコミュニケーション、共用部の活用方法などを主に担当します。一方で管理会社は居室など専有部や全般のハード面を担当、という役割分担のもと、協働でマンションの管理・運営を行う仕組みを整えました。

また、メンバー固定化の課題感に対しては、「いろいろな人が関われて新陳代謝できるような余白がある」「入居者の方々も地域の方々と関わりが持てる」ことを目指し、入居者向けのシェアラウンジだけでなく、地域交流スペースも設計することに

こうしてフロール元住吉のプロジェクトは、コミュニティマネージャー視点を持つ新しい管理人である「守人」、入居者向けのコミュニティ拠点となる「シェアラウンジ」、加えて地域交流スペース「となりの.(当時)」の3本柱を軸に走り出しました。

気軽に相談できる、「ちょうどいい距離」にいる守人の強み

「守人」として現場に入ってまず実感したのは、入居者の方からの相談を気軽に受けられ、早期に管理会社やデベロッパーにつなぐことができること。

「あの場所が汚れていて……」や「この設備がちょっと使いにくくて……」など、ちょっとした違和感や困りごとに守人が耳を傾け、必要に応じて管理会社に連絡をとる。その仕組みがあることで、大きなクレームになる前に、問題を解決できていると感じました。

たとえばコロナ禍には「最近、上の人の足音が気になるんですけど……」という相談が。それに対し、「実はいま、お子さんが大きくなって走り回りたい時期なんですが、外でなかなか遊ばせられないみたいなんですよ」と事情をお伝えするだけで、「ああ、そうなんですね!」と相手の捉え方が変わることもありました。


守人が常駐するのは、シェアラウンジと地域交流スペースの中央に位置する受付カウンター。フロア全体に目が行き届きやすく、また従来の “管理人室”のような狭い窓口に比べて気軽に話しかけやすい。設計段階から関わることで、こうしたハード面の工夫も可能に。

コロナ禍といえば、入居の始まった2020年はまさにコロナ禍初期。

シェアラウンジには、突然在宅勤務となった方々がたくさん来るように。当初はあまり机を置いていませんでしたが、その状況を見て、当時テイクアウト営業のみになっていたカフェから机を移動させ、作業スペースとして活用いただけるよう整備しました。

部屋の使い方をスムーズにアップデートできるのも、入居者の方の声をダイレクトに聞ける守人がいる強みです。

ちなみに2024年現在のシェアラウンジは、リモートワークに限らず、住民の方々が企画する食事会やお茶会、子育てコミュニティによるクリスマス会やハロウィンパーティーなど、さまざまな用途で活用されています。

当初は守人が企画していたイベントも、いまでは入居者の方々が主体となって企画するものも。「守人さん、ちょっと手伝ってください」と言われてサポートするなど、立ち位置の変化がありました。「今年もやりますよね」「一緒にやりましょう」という関係性ができたことを嬉しく感じています。

多世代や地域の方々とも、ゆるやかな関係性の輪を広げて

シェアラウンジには最近、ある鉢植えが置かれています。

これは、もともと2人で住まわれていたご高齢のご夫婦から譲り受けたもの。以前はよくご主人がシェアラウンジで新聞を読む姿をお見かけしていましたが、あるときご主人が亡くなり、奥さまはフロール元住吉の中で、単身の部屋に住み替えをすることに。

その際に相談を受け、「奥さまにも一緒に水やりをしていただく」ことを前提に、鉢植えの一部をシェアラウンジに置くことにしたのです。その背景には、奥さんが1階に足を運び、私たちと顔を合わせるきっかけになれば……という思いがあります。

ほかにもフロール元住吉には、建て替え前から住まわれているご高齢の方々が10件以上いらっしゃいます。守人としては子育て世代だけでなく、多世代の方にとっての居場所、関係性をつくることを大切にしてきました。



入居者であるご年配の男性Uさんが写真好きと知ったことから、Uさんが撮影した建て替え前の町内風景写真で写真展を開催することに。若い入居者の方がまちの歴史を知る機会にもなった。Uさんも1階へ降りてきてくれ、守人や入居者の方々と会話するきっかけになりました。

また、地域交流スペース「となりの.(当時)」を活用した地域の方々とのつながりも、少しずつ広がっていきました。

マンションのエントランスを活用し、地域にも開かれた夏祭りのイベントや、カフェスペースを使った栄養士さんの健康相談、子育てサロン、子どもの放課後サポートなどの企画は、入居開始から3年ほどを支えてくれた当時のスタッフやバリスタの方々、地域の団体の方々と協働でつくりあげてきた大切な取り組みです。

地域から講師を招いた子育てサロンでは、参加した方から「日常の延長線上の場所で、安心して子どものことを話せて救われた」と言葉をいただいたり。放課後サポート事業では、地域の方々に子どもたちを見守っている様子を通りすがりの入居者の方がのぞいて、「あ、今日は子どもたちがいる日なんですね〜!」と明るく声をかけてくださったり。

地域の方々によって育まれる居場所がマンション内にあることの意義を、私も常駐しながらずっと感じてきました。

チームづくりや役割分担の重要性を再認識した、カフェ経営の挑戦

たくさんの成果を感じてきた一方で、思うようにいかず頭を悩ませた時期もあります。

特に自分の教訓となったのは、守人業務に加え、カフェ経営も担当した1年のこと。

「となりの.」では当初、バリスタの方がドリンクやフードの提供を、守人が接客を担当する体制をとっていましたが、将来的に自走運営を目指すため、2023年にHITOTOWAが直営し、キッチンも守人が担当する体制にチャレンジしたのです。

実際に始めてみると、「カフェ飲食事業をいかによくしていくか?」と「コミュニティをどう育てていくか?」という2軸の課題を同時並行で進めることは私にとって想像以上に難しく、思うようにいかないことの連続でした。

自分のなかで一番の反省は、新しくカフェスタッフを迎えたにもかかわらず、チームビルディングを丁寧に進められなかったこと。

本当はメンバーそれぞれが理想のお店づくりについて意見を出し合い、それを私がサポートするようなフォロワーシップ型の組織を思い描いていましたが、「守人」の存在意義やコンセプトを十分にシェアできないなかでその実現は難しく、自分のなかで常に葛藤がありました。

いま振り返れば、カフェスタッフも募集段階から守人のコンセプトを伝え、チームビルディングにも時間をかけるべきだったとわかるのですが、当時は目の前の仕事に追われてしまっていました。当時のスタッフの方々は一生懸命働いてくれたので、課題は自分の進め方にあったと考えています。

一方、カフェを直営にしたことで入居者の方や地域の方の声をメニューや提供内容に反映したり、広報の一元化により「地域のカフェ」としての認知を高めたりと、成果もたくさんありました。

こうした成果や課題感をふまえ、2023️年の9月には、飲食×場づくりのノウハウをもち、以前からパートナーとして協働いただいているYuinchuの方々に相談。2024年5月からは、Yuinchuがカフェ経営を行う「TONARINO. by SWITCH STAND」としてリニューアルオープンしました。

新体制になってからは時間の余裕もでき、守人のチームビルディングにしっかりと時間をかけています。「日常を支える、地域にもひらかれた居場所づくりを、守人とカフェで協力してやっていこう」という全体の目線合わせもできてきました。

紆余曲折ありましたが、「二兎を追う者は……」を経験したからこそ、「役割分担」や「取捨選択」の重要性を痛感し、いま、いいチームづくりができていると感じます。

双方向で距離が近づき始めた、「友人管理」の先に

前述した反省はありつつ、運営がスタートしてから3年目ごろに守人を本格的にチーム体制にしたことで、ポジティブな変化も生まれています。最後にその話を。

一人体制のとき、最初はフットワーク軽く入居者の方との交流を深めていたのですが、属人的に私個人に情報が集まりすぎてもよくないと考え、途中からはあえて深い関係性をつくることをやめていました。ただ守人がチーム体制となってからは、「ちょうどいい距離感」はそのままに、入居者の方々との関係性が変わってきたようです。

たとえば以前の私は「入居者の方から悩みを聞く」立場で接していましたが、守人チームのなかに地域に住む学生や元住吉が気に入って引っ越してきた社会人、主婦の方など多様な属性の人が増えるにつれ、「自分のことを入居者の方に相談する」風景も見られるように。

あるときは、学生の守人メンバーが「今度留学するんですよ!」と話し、入居者さんが「そうなんだ!私も◯◯に行ってたよ」と話がはずんでいたり。また別の守人が入っているときは「今度、結婚を控えてて……」「あら、おめでとう〜」なんて会話が繰り広げられていたり。

私だけでは生まれなかったコミュニケーションが、たくさん生まれています。


守人チームのメンバーが「入居者の方々に改めて自己紹介をしよう」と発案し、スタッフの自己紹介を掲示。守人のビジョンを共有するなかで、メンバーから主体的にアイデアが生まれている

HITOTOWAでは有人管理に「友人管理」の字を当てていますが、まさに友人のような、双方向に近づいた距離感で会話できる関係性ができつつあります。守人のミッションのひとつは「日常的な居場所づくり」ですが、最近は「守人の存在自体」が居場所になり始めているようにも感じているところです。

私は9月で元住吉のプロジェクトから離れますが、ほかの社員や業務委託、アルバイトのメンバーを含むチームはすでに動いており、情報共有しながら、得意分野を活かして分担しあう体制ができています。これからの守人チームの展開も、楽しみにしています!


HITOTOWA社員に加え、さまざまなスキルや関心を持ったメンバーで構成される守人チーム。一人ひとりが暮らしを見守る守人の一員として日々の業務に向き合う

最後に、私個人の歩みを少し振り返ると。

HITOTOWAでの最初の4年ほどはひばりが丘(西東京市/東久留米市)のエリアマネジメントのプロジェクトに入り、自分にあまり経験がなかったところから、地域の方々に育ててもらってきた感覚がありました。

元住吉ではその経験を活かして取り組んでいこう!と思っていましたが、実際にまちへ入ると、地域や物件で異なる状況もあり、思うようにはいかないことも多々……。そんななか、元住吉でもまた、入居者の皆さんやご近所に住むカフェの常連さん、パートナー、クライアントや管理会社の方など、たくさんの方に支えていただいたなと思います。

今後も、ネイバーフッドデザインのプロデューサーという立場で現場には入りつつ、常に周りの方々へのリスペクトは忘れずに取り組んでいきたい。ひばりが丘と元住吉、計9年ほどの日々を振り返り、いま改めてそう思います。

(HITOTOWA INC. 田中宏明)

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人と和のために仕事をし、企業や市民とともに、都市の社会環境問題を解決します。 街の活性化も、地域の共助も、心地よく学び合える人と人のつながりから。つくりたいのは、会いたい人がいて、寄りたい場所がある街。そのための企画と仕組みづくり、伴走支援をしています。

http://hitotowa.jp/

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