2020-12-24

大災害時代を生きるための、人とスポーツの力。
「巻 誠一郎氏×荒 昌史 不惑の人生論(前編)」

    interviewee:巻 誠一郎氏、荒 昌史

    2020年12月24日、HITOTOWA INC.は設立10周年を迎えました。これを記念し、12月3日にオンライン公開対談を行いました。ゲストとしてお迎えしたのは、元サッカー日本代表の巻 誠一郎さん。現在は経営者として活躍される一方、地元・熊本での災害復興支援にも精力的に取り組まれていらっしゃいます。

    また、HITOTOWAからは代表の荒が登壇。ふたりの共通点である防災・減災、経営者、そして40歳というキーワードをもとに、3つのテーマ──「大災害時代を生きる」「経営者としての矜持きょうじ」「40代をどのように歩むか」にて充実の2時間、語り合いました。

     前編 目次 

     

     
    ※後編はこちら

    今もフィールドの外で、サッカーを続けている

    : 今日は、たっての願いであった巻さんとの対談が実現して大変嬉しく思っています。巻さんが震災復興支援に尽力されているのはかねてから伺っており、また同じ経営者としてもチャレンジされていることから、お話を伺えるのを楽しみにしていました。まずは自己紹介をお願いします。

    巻さん(以下、敬称略):はい。巻 誠一郎です。Jリーグで17年ほど、プロサッカー選手として活動していました。初めはジェフユナイテッド市原・千葉、その後ロシアや中国のクラブを転々として、最後はロアッソ熊本で引退しました。 今は地元の熊本に住んでいて、少年サッカースクールやスポーツ施設の運営などをやっています。

    :ありがとうございます。こうしてお会いできて、私が今、一番わくわくしているんですが。

    :こちらこそ。同い年ですよね。もう40歳ですか。

    :そうですね。巻さん、40歳になったときにどんなことを思いましたか?

    :いや、特に何とも思わなかったですね(笑)。40歳になっても変わらず、毎日わくわくしながらいろんなことにチャレンジしていますよ。

    :今日はそのチャレンジの背景や思いを伺っていきたいと思いますが。先にひとつ、今いろいろとチャレンジされている中で、サッカーの現役時代に学んだことが生きていると思うのはどんなことですか?

    :なんというか、すべての物事に対してサッカーというフィルターを通して見ている感じですね。社会に出てから、たくさんの経営者にお話を聞いたりもしたんです。でもその中で思ったのは、「自分がサッカーで培ってきたものを、社会でもそのまま表現していけばいいのでは」ということでした。だから、今もフィールドの外で、サッカーをやり続けている感じですね。

    :なるほど。それが具体的にどういうことかは、この後じっくりと伺っていきたいと思います。

    避難所でも笑顔を生む、スポーツの力

    :さて、ひとつめのテーマは「大災害時代を生きる」です。まずはお写真とともに、巻さんが取り組まれている災害の復興支援活動について伺っていければと思うのですが。こちらは、どういったシーンですか?

    :これは熊本の震災(平成28年熊本地震)が起きた後ですね。本震が4月16日だったのですが、この写真は5月のこどもの日に、避難所の子どもたちへケーキを配っているところです。

    :巻さんは避難所を熱心に回られたと聞きましたが、その中で、子どもについて気づいたことなどはありましたか?

    :当時は余震が何千回と続き、数分起きに強い揺れを感じるような状態で。子どもたちは表面的には明るくしていますが、夜になると怖いと言って泣き出すなど、ストレスを抱えているなと感じていました。その中で、少しでも避難所生活の印象が変わればと思ってアプローチしていたんです。

    :まさにこのシーンが、そのひとつなんですね。

    :はい。災害後は、試合の日以外はほぼ毎日、避難所や小・中学校、保育園、幼稚園を回って。約3か月で300か所近く回ったのかな。

    :それはすごいですね。選手として現役時代にもかかわらず、巻さんをそれだけ突き動かしたのは何だったんでしょうか。

    :災害直後は町の景色も人々も、サッカーができるような状況ではなかったんです。そこで、まずは身の回りの人たちをなんとかしてあげたい、という思いで動き始めて。「サッカー選手として」というよりは、「熊本に住むひとりの人間として」何かできれば、という思いでした。

    :ひとりの人間として。一方で、西日本豪雨(平成30年7月豪雨)の際には現地を訪れ、現地のサッカー選手と一緒に活動されたりもしていたとか。

    :ええ。やっぱり、地元の人たちが自分たちで継続的に支援ができる形が必要なので。僕が熊本でやってきたことを共有して、そのきっかけを作れればと思いました。

    ファジアーノ岡山の選手と避難所を訪れ、子どもたちとボール遊びをしているところ

    :さきほどは「ひとりの人間として」というお話がありましたが、逆にサッカー選手だからこそできることについてはどう思われますか?

    :以前は、サッカー選手はフィールドの中で一番力を発揮する、と思っていたんです。でも災害が起きて、避難所を回ったり、子どもたちとボールを蹴ったりする中で、相手が元気になっていくのを見て。アスリートの価値は、地域の中でも発揮できるんだなと感じました。

    同時に、サッカーって素晴らしいなと改めて思いましたね。子どもの足元にボールを転がすと、必ず蹴り返してくれるんですよ。ボールひとつで心が通う。それは一瞬かもしれないけれど、必要なのはその「積み重ね」だなと。それで子どもたちが笑顔になり、それを見た大人たちも笑顔になり、皆が前向きになっていくんです。笑顔をつくるスポーツの力は偉大だと思いました。

    :私も東日本大震災の復興支援で、横浜 FC さんと一緒にサッカー教室をしたことがあるんです。そのときも、子どもたちが笑顔になって、かつそれを見ていた大人たちが「笑っていいんだ」と表情が緩んだのを見て。ああ、やっぱりスポーツって人間に必要なんだ、と思いましたね。

    :こちらはどういったシーンでしょうか?

    :これは今年の熊本豪雨(令和2年7月豪雨)の後、すべてが流されてしまった地域を歩いて、情報発信をしているところですね。物資の支援なども行いましたが、それ以上にアスリートとして何ができるか、をずっと考えていて。

    ワールドカップなどで得た知名度を、どう世の中に還元するか。そう考えたとき、「発信」は僕らが貢献できる一番大きな分野だと思ったんです。特に今回はコロナ禍の影響で、正確な情報がなかなか世に出ていかなくて。ならば現地にいる自分がやればいいと、被災地を回って発信を続けていました。

    うまくいく避難所、うまくいかない避難所

    :たくさんの避難所を回る中で、避難生活について何か気づいたことはありましたか?

    :何十箇所という避難所を回りましたが、その中で「うまくいっている避難所」と「うまくいっていない避難所」があるのははっきりと感じました。何が違うのか考えてみると、うまくいっている避難所は、やっぱり普段から地域のコミュニティがしっかりできているんですよね。逆にそれがないところは、ちょっとぎくしゃくしてしまっているというか。

    :たとえば、どんなときにそう感じられたんでしょう。

    :うまくいっている避難所の例でお話すると、ある避難所では設立のときに、ひとりがさっとホワイトボードを持ってきて。「僕が今日はこの避難所のリーダーです。まず、お医者さんいらっしゃいますか? お名前と連絡先を書いてください」と切り出したんです。その後も看護師さん、お水を提供できる方、調理を手伝える方、地域の見回りができる方……と募って、どんどん書いていって。役割分担して、助け合える状態をつくったんですね。災害時にすぐそういった話し合いができるのも、日ごろからの関係性あってこそ。HITOTOWAさんのように、普段から地域のコミュニティをつくるというのは大事なことですよね。

    :実は、ネイバーフッドデザイン事業にはHITOTOWA設立前から取り組んでいたのですが、当時はあまり防災・減災を意識できていなかったんです。でも会社設立3か月後に、東日本大震災が起きて。復興支援で東北に通わせてもらう中で、被災された方々から「地域のつながりづくりは、防災・減災に生きるよ」と涙ながらに教えていただいた。そのときの実体験が、今の事業の根幹にはあるんです。まさに、今の巻さんのお話に重なります。

    :災害が起こる前に、災害に対して備える人は本当にごく一部なんですよね。避難所を回っていても皆さん、「まさか自分が」とおっしゃいます。それで、いざ災害が起きるとパニックになってしまう。だからこそ、災害が起こる前から、普段から使えるコミュニティを構築しておくことが大切だと思うんです。結局それが、災害時にも情報を得られる大事なコミュニティになるので。まさしくHITOTOWAさんがやられていることですよね。

    :巻さんにそう言っていただけると嬉しいです。HITOTOWAは「いざというときに助け合えるコミュニティがある」ことが大切だと考えています。そんなコミュニティづくりのハブにHITOTOWAがますますなっていけたら、と改めて思いました。

    :僕としても、サッカーを軸に考えればJリーグは地域貢献活動を行っているし、その中にはサポーターやスポンサーがいて……と地域みんなを巻き込みやすい形がある。そういった形をうまく活用して、普段からのコミュニティづくりに取り組んでいきたいですね。


    以上、前編では「大災害時代を生きる」についてのトークをお届けしました。「復興支援の中でスポーツが持つ力を再確認した」ことや、「平常時から地域でつながりを持つことが災害時にも生きる」という考え方など、ふたりの共通点を感じられるようなお話も多くありましたね。

    さて後編では、いよいよ「経営者としての矜持」「40代をどのように歩むか」というテーマで人生論の中心部に迫ります。数々のチームで選手として活躍されてきた巻さんが考える強い組織の条件や、事業の根幹にある大切な思いなどは必見です。また後半では、巻さんと荒のアプローチ・考え方の違いも垣間見られる部分もあり、双方の個性がより感じられるような内容となっています。ぜひ合わせて最後まで、ご覧ください。

    <後編へ続く>

    巻 誠一郎さん
    1980年生まれ。大学卒業後、17年間プロサッカー選手として活躍。日本代表として国際Aマッチ38試合8得点。その傍ら、地元熊本にて少年サッカースクール「カベッサ熊本」を開校。2016年4月14日に発生した熊本地震を受け、NPO法人YOUR ACTIONを設立、復興支援活動に尽力。さらに健康増進・予防サービスの提供事業の社外取締役を歴任するなど、現役・引退問わずに事前活動及び各種事業を推進。2019年Jリーグ功労選手賞、HEROsAWARD受賞。

    荒 昌史
    HITOTOWA INC. 代表取締役
    1980年生まれ。幼少期を熊本にて過ごす。大学卒業後、デベロッパーのCSRや環境NPOを経て、2010年にHITOTOWA INC.を創業。3ヶ月後に東日本大震災が発生。以降「ともに助け合える街をつくる」ために、ネイバーフッドデザイン事業、ソーシャルフットボール事業を展開。東京都住宅政策審議会委員、Jリーグ社会連携プロジェクト「シャレン!」コアーズ等を歴任。

    キーワード

    他のインタビューを読む

    HITOTOWA

    HITOTOWA

    人と和のために仕事をし、企業や市民とともに、都市の社会環境問題を解決します。 街の活性化も、地域の共助も、心地よく学び合える人と人のつながりから。つくりたいのは、会いたい人がいて、寄りたい場所がある街。そのための企画と仕組みづくり、伴走支援をしています。

    http://hitotowa.jp/

    人と和のために仕事をし、企業や市民とともに、都市の社会環境問題を解決します。 街の活性化も、地域の共助も、心地よく学び合える人と人のつながりから。つくりたいのは、会いたい人がいて、寄りたい場所がある街。そのための企画と仕組みづくり、伴走支援をしています。

    HITOTOWA

    この記事を読んだ方におすすめの記事

    Interview

    HITOTOWAの声