2020-12-24

静と動のアプローチで描く、事業と経営。
「巻 誠一郎氏×荒 昌史 不惑の人生論(後編)」

    interviewee:巻 誠一郎氏、荒 昌史

    2020年12月24日、HITOTOWA INC.は設立10周年を迎えました。これを記念し、12月3日にオンライン公開対談を行いました。ゲストとしてお迎えしたのは、元サッカー日本代表の巻 誠一郎さん。現在は経営者として活躍される一方、地元・熊本での災害復興支援にも精力的に取り組まれていらっしゃいます。

    また、HITOTOWAからは代表の荒が登壇。ふたりの共通点である防災・減災、経営者、そして40歳というキーワードをもとに、3つのテーマ──「大災害時代を生きる」「経営者としての矜持きょうじ」「40代をどのように歩むか」にて充実の2時間、語り合いました。

     後編 目次 

     

     
    ※前編はこちら

    距離の近さから、見えてくるもの

    :さて、次のテーマは「経営者としての矜持」。10周年を迎え、私の中で妙にほっとする気持ちもある一方、経営者としてはまだまだ研鑽していかなければと考えておりまして。巻さんとのお話で学んでいきたいと思っています。まずは、巻さんの経営されている事業について教えていただけますか?

    :27歳でフットアスという会社をつくりました。日本代表選手に選ばれたとき、地元・熊本の皆さんにたくさん応援していただいたので、それを還元したいと考えたのがきっかけです。そこで起業して、地域の皆さんが集えるフットサル場をつくり、また子どもたちに夢を追いかけてほしいという思いからサッカースクールを始めて。今、13期ですね。

    :現役時代に起業されて、13年も続けるのは大変だったのでは。経営はどうでしたか?

    :そうですね。当初の経営は非常に難しかったです。数字的に厳しい時期もありました。その後、僕が熊本に帰ってから少しずつ会社の中を整理して、立て直していった感じです。

    :当初の経営の難しさは、どのあたりに感じられていたのでしょう。

    :現役時代は遠隔で経営していたので、自分が現場に出られないことが一番の難しさでした。情報は大事ですが、情報「だけ」を見ていると抜け落ちるものがあります。やっぱり現場に出て、そこの人たちと直接コミュニケーションする中でしか見えない部分がたくさんあるんですよね。「こう改善したら?」と思っても、実際にやってみたら全然想像通りにいかなかったり。

    :そうですね。直接のコミュニケーションを大事にするという点では、私も通じるところがあるかもしれません。当社は今、正社員が15名規模なんですが、どんどん拡大して数百人規模にしようとは考えていないんです。もちろん、規模を大きくしたほうがより社会貢献になるという考え方もある。でも私は、自分と仲間と社会、そしてお客さんや地域が身近に感じられる中でやっていくほうが、よりよい事業ができると考えていて。規模の大きさよりも「濃い」仕事ができることを重視しています。今のお話に通じるなと思いました。

    :身近さと言えば、僕は「トップが現場まで降りて現場の感覚を共有する」のが真の意味で必要な「トップダウン」じゃないかと思うんですよ。思いを共有するのは大切ですよね。

    :真のトップダウンですね。勉強になります。私も、コロナ禍があって社員全員と話すことが増えました。そこで気がつくことや教わることも多い。思いを共有する大切さと同時に、言葉の選び方の重要性も感じていたところです。

    強い組織の、条件

    :巻さんはサッカー時代から現在までチームや組織に携わる機会が多かったと思いますが、強いチーム、組織づくりについてのお考えはありますか?

    :ひとつ思うのは、意見をぶつけ合わせない組織は脆弱になっていくということですね。メンバーがチームのために改善案を持っていても、「口に出すと衝突する」とわかっていると、意見を飲み込んでしまうことがある。でもそれでは、短期的にはうまくいっても、長期的には衰退していってしまうと思うんです。

    :では意見を戦わせたりもするんですね。

    :僕はそうですね。選手時代から意見をたくさん言う、煙たい存在だったかもしれないです。でもサッカーでも会社でも、「よりよいものを生み出す」ためにはどんどん意見しなければならないし、同時に個々人が能力やスキルをどんどん磨いて成長していくことが大切。そうしないと組織の成長が止まってしまいます。

    加えて、ある程度の指針がしっかり定められているというのも、強い組織の条件かもしれないですね。「自由」は大事ですが、一定の基準を持った上での自由じゃないと、チームとしての強さにはならないので。

    :そういった視点はやはり、いろいろな監督のもとでプレーしてきた選手時代のご経験も大きいんでしょうか。

    :当時の記憶を自分で変換しながら応用しているところはあるかもしれないです。14、5人ほどの監督のもとでプレーしてきて、その中にはすばらしい監督もいれば、ちょっと考え方が違うと感じる監督もいましたし。良い面も悪い面も、たくさん経験はしてきたので。

    :私も組織づくりについてはとてもやりがいを感じつつ、一番難しい部分だなと思って勉強しながら取り組んでいます。今は15人の組織ですが、各自の意見を聞きながら進めたいと思う一方で、意見を聞きすぎて目指すべきものがぼやけるのもよくないだろう、とは思っていて。巻さんが「指針」とおっしゃるように、どこまで個の意見を汲み、どこからは自分が決断すべきかというバランスは大切にしたいですね。

    :社員はトップの背中を見てますからね。現役中は、監督の本当に細かな言動や、ちょっとした仕草を見逃さなかったですから(笑)。

    :そうですよね(笑)。重要な話をするときは緊張感もあります。改めて、気を引き締めていきたいですね。

    困っている人のためになることを

    :会社経営をしていて、巻さんが一番嬉しいのはどんなときですか?

    僕がサッカースクールを立ち上げた当時の1期生がプロになって、同じピッチに立ったときは、嬉しかったですね。

    :それはすごいことですね! 対戦したということでしょうか。

    :いえ、チームメイトとして。同じフィールドで17、8歳の選手とプレーするのは嬉しかったですね。それ以外でも、自分たちのアクションで子どもたちの未来がポジティブになっていくことにはやりがいを感じます。たとえば、もともと災害支援団体として運営していたものをNPO法人ユアアクションという形に変え、子どもたちがサッカーを通して課題解決能力を養い、夢に近づいていけるようなプロジェクトを始めていて。そういう貢献ができるのは嬉しいです。

    また、未来をつくるという意味では、東京工業大学と共同研究をしているベンチャー起業の社外取締役をやっていて、タンパク質の研究に携わったりもしています。他にも、農業の担い手不足や、障害を持った方の就労支援という分野にもかかわっていて。障害を持った方が、自立して農業をできる仕組みづくりにも取り組んできました。

    :教え子と同じピッチに立つというのはアスリートならではの喜びですね。想像するだけで鳥肌が立ちます。また、多方面の活動をされていますが、「これにチャレンジしよう」と決める基準はどういったものなのでしょう?

    :実は、過去には飲食など、他の事業で失敗したこともあるんです。でも失敗をふまえ、「自分が一番エネルギーを使えるのは何か?」を真剣に考えた。それで気づいたんですが、僕は「チームのため」や「苦しんでいる選手のため」なら、自分でも信じられないパワーが出せる人間なんですね。ならば事業としても、「困っている人のためになることをやっていきたい」と思いました。それが僕の、今の人生の軸ですね。

    :すごく共感します。私も18年前、就職活動をしていたときに同じような思いを抱えていました。潤っている人が潤うためだけの仕事は、社会にはあっていいけれど、自分が使命感を持ってやりたいものではない気がして。それよりも、困っている人を助けること、今後起こりうる大変な事態に備えることに自分の力を使いたい。そう思って、今にいたっています。

    「自分らしさ」を発揮する経営

    :困っている人を助けたい。その思いは共通する一方で、そのアプローチには巻さんと私で違いもあるなと思っていて。巻さんは発信など、人を巻き込む活動も多くされていますよね。

    :ひとりの力には限界があるので、大きな力を生み出すには、「共有」や「巻き込む」は大事なキーワードだと思っていて。自分ひとりでは動けないけれど「何かきっかけがあれば動きたい人」って、実はたくさんいるんですよ。それは災害時もそう。だからそういう人たちが行動を起こせる大きな波を生むための、小さな波をつくれる存在でありたいと思っていて。

    :それで先頭に立って発信されていく、ということですね。一方で僕は、自分がそれほど人を巻き込むことに長けているとは思っていなくて。どちらかというと「傾聴」がキーワードかもしれないです。人それぞれ違いがある中で、その人が何を求めているのかをよく聞いて、そこと重なり合う部分を提示したり、つくったり。クライアントとも社員とも、そういったことを繰り返してきた気がします。

    :「静と動」という感じでおもしろいですね。でもこうやって、人それぞれパーソナリティが違い、できることも違うのは大事だと思います。荒さんは人としっかり向き合ってひとつの物事をつくり出し、僕は人を巻き込んで大きな波をつくっていく、という。

    :個性が出ますね。ちなみに巻さんはワールドカップに出られたほか輝かしい実績や知名度もあり、成功者として見られることも多いかと思います。でもひとりの人間としては、時には落ち込んだりするときもあるのでは。そういうとき、それを周りに見せるタイプですか?

    :僕はなんでもポジティブに変換してしまうので、基本的に落ち込まないんですよ。失敗しても、次はこうしたらうまくいくんじゃない?と考えて、わくわくしながら前進していく

    その根底には、幼いころから自分で物事を決めさせてもらった影響もあるかもしれません。自分で物事を決めると、そこに責任が生まれるので。日本代表ともなれば国を背負うので、ひとつのプレーに対する責任も大きく、怖くなるときもあります。でもその責任を負ってプレーしなければならない。そういう経験を積み重ねてきたので、責任を負うことや失敗することに慣れているというか、恐れを抱きにくいのかもしれないです。

    :ちょっと意外でした。選手時代、チームがうまくいかないときに巻さんがリーダーシップをはって、責任を一手に引き受けて大変そうに見えていた時期もあったので。

    :背負える人が背負えばいいと思っていたので、むしろ自ら背負いにいったという感じかもしれません。先ほどの話にもつながりますが、人それぞれ特性があるので。苦手なところは誰かに委ねるし、得意なところは自分からアクションしていく。それは今もそうですね。

    :今の話を伺っていて、共通点もあれば違いもあるなと感じました。僕も、最終的には自分で責任を負いたいんですよね。何事も自分のせいだなと思うし、誰かのせいにしないで自分で決めたい。ただ僕の場合、やっぱり落ち込みはしますね(笑)。最終的にはポジティブに転換するんですが、1週間くらいは最低でもかかるかもしれないです。

    :きっと、じっくり向き合って考えている時間なんですよね。それは僕に足りないものかもしれません。もうちょっと悩んだほうがいいんじゃないかと、たまに思います(笑)。

    :いえいえ、でも個性が見えておもしろいですね。経営者になると、自分ひとりの世界ではない中で、守るべきものを守りながら「自分らしさ」を発揮することが社会への貢献の仕方になると思っていて。自分ではコントロールできないところにどのように対応していくかを日々考えていた中、よいヒントをいただきました。

    一歩一歩、積み重ねていく

    :最後のテーマは、「40代をどのように歩むか」。 単刀直入に伺いますが、巻さんは40代、どんなふうに歩んでいきたいですか?

    :やりたいこと、やるべきことをかけ合わせながら、自分の思いに素直に歩んでいきたいですね。

    :人生設計って、大きく分けると2つのタイプがあると思うんです。5年後、10年後の目標を決めて今やることを逆算するタイプと、今やっていることを大事にしながら積み上げていくタイプ。巻さんはどちらですか?

    :僕、大きな目標に対して逆算してやっていく、というイメージが描けない人間なんですよ。子どものころに「サッカー選手になりたい」とはなんとなく思っても、そのためにどういうステップを踏むのか、設計できなくて。でも、なぜか夢にたどり着いた。そこで、なんでたどり着けたんだろう?と考えたんです。

    すると僕の場合、「真剣に努力すればぎりぎり届きそうな短期目標」をどんどん立てて、それをひたすらクリアしてきたんだとわかったんです。近い課題をクリアし続けていたら、いつのまにか大きな目標にたどり着いていた。だから40代も、そういうスタンスで歩んでいこうかと思っていますよ。目の前の目標を大事に、こつこつと。

    :私もどちらかというと、こつこつ型かなと思うんです。人間って、結局一歩ずつしか歩けなくて。よく社内でも、忙しいときほど一歩一歩、ひとつひとつやっていこうという話をします。歩幅や速度は人それぞれ違いますが、確実に進むのは結局、一歩一歩。いきなり三歩、四歩はとべないんですよね。だから一歩一歩進んで、それでもうまくいかなければ自分の実力が足りないから仕方ないとわりきって、スキルをあげていく……という考えでやっています。

    :僕は、たまにあるんですよね。二歩、三歩、とばして行こうかなというときが。それで、そういう方法を探して、二歩くらいとばして行ってみる。そうしたら、次の一歩がものすごく小さくなったりして。結局、一歩ずつ歩いてきた人たちに追い越されていくんです。そう、だから一歩ずつ歩んでいったほうが実は早いし、かつ強固で確実なものができる。すごく刺さりました。楽を選ぼうとしすぎてはいけないなと。

    :いやいや。たぶん、スピード感があるということですよね。

    :せっかちなんです。だから失敗することもたくさんありますね。

    :私もとばしたことがあるのですが、転んでしまいました(笑)。巻さんの、思いを持って前向きな姿勢を貫くところに勇気づけられます。「40代をどのように歩むか」に対しては「一歩一歩、積み重ねていく」という結びになりましたね。

    :いい言葉ですね。

    多様な「つながりのあり方」を、未来へ

    :最後に、少し未来の話をして終わりたいのですが。実は「スポーツ×コミュニティ」に関して、以前からひとつ夢がありまして。当社のネイバーフッドデザインとソーシャルフットボール、さらにHITOTOWAこども総研の3事業のノウハウを活かして、将来「COLO PARK」という場をつくりたいと構想しているんです。

    これはスポーツとコミュニティ施設の集合体で、地域の防災・子育てコミュニティのお手本になるような場を考えていて。スポーツをすると人々は仲良くなるし、健康になって体力もつく。そこに防災・減災という要素を入れると、体力を生かして共助もできる……とイメージしているんです。今日お話していて、「COLO PARK」実現の際はぜひ巻さんと一緒にやりたいなと思いました。

    :おっ、僕もいいんですか。実は僕も、千葉で災害にも活かせるようなコミュニティづくりをずっとやっているんですよ。僕はやっぱり、スポーツを通してそういうコミュニティをつくっていきたいので。いいですね。

    :巻さんからも、これからのHITOTOWAに期待することはありますか?

    :僕は都会にも田舎にも住んだことがありますが、やっぱり都心部に行けば行くほど、地域のコミュニティが希薄になってきているなと感じていて。だから都会で、コミュニティの多様なあり方をどんどん提示してほしいですね。スポーツ、マンションなどのキーワードもそうですが、それ以外にも「こんなコミュニティもある」と幅広い種類を提示してほしい。そうすることで、自分は関係ないと感じていた人にもきっかけができ、広がりがもてるのではと思います。

    :都市に人はたくさんいるけれど、つながりは薄い。HITOTOWAが「都市の社会環境問題を解決する」と言っているのも、まさに同じような背景からです。都市における人々の多様さを受けとめるためには、つながり方の多様性も大切ですよね。巻さんからのご期待、ありがたく受けとめました。今日に限らず、今後もご一緒できるものがあれば嬉しいです。

    対談を終えて – これまでのことを活かしてこれからのことを

    :記事を読んでいただいた皆さま、ありがとうございました。10周年を迎え、何かこれまでのものをまとめるよりも、今後のために学びを得たいという趣旨で、対談を企画しました。巻さんは、ご自身の個性を最大限活かして成果を出されているのが印象的でした。巻さんのように「落ち込まない」というのは無理ですが(笑)、私もさらに強みや個性を活かし、力強く一歩一歩、事業を推進していきたいですね。


    前・後編にわたる充実の対談、いかがでしたでしょうか。

    「困っている人を助けたい」「まちに暮らす人々のつながりは大事」という根幹の思いは共通ながら、そのアプローチや考え方には異なる部分もあるふたり。双方の個性が感じられる、たいへん興味深い対談となりました。これからもそれぞれのフィールドで、また時には重なり合いながら、多様な「つながりの輪」を広げてゆくことでしょう。巻さんのさらなるご活躍を応援するとともに、私たちも各事業をよりいっそう邁進してまいります。どうぞご期待ください。

    巻 誠一郎さん
    1980年生まれ。大学卒業後、17年間プロサッカー選手として活躍。日本代表として国際Aマッチ38試合8得点。その傍ら、地元熊本にて少年サッカースクール「カベッサ熊本」を開校。2016年4月14日に発生した熊本地震を受け、NPO法人YOUR ACTIONを設立、復興支援活動に尽力。さらに健康増進・予防サービスの提供事業の社外取締役を歴任するなど、現役・引退問わずに事前活動及び各種事業を推進。2019年Jリーグ功労選手賞、HEROsAWARD受賞。

    荒 昌史
    HITOTOWA INC. 代表取締役
    1980年生まれ。幼少期を熊本にて過ごす。大学卒業後、デベロッパーのCSRや環境NPOを経て、2010年にHITOTOWA INC.を創業。3ヶ月後に東日本大震災が発生。以降「ともに助け合える街をつくる」ために、ネイバーフッドデザイン事業、ソーシャルフットボール事業を展開。東京都住宅政策審議会委員、Jリーグ社会連携プロジェクト「シャレン!」コアーズ等を歴任。

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    人と和のために仕事をし、企業や市民とともに、都市の社会環境問題を解決します。 街の活性化も、地域の共助も、心地よく学び合える人と人のつながりから。つくりたいのは、会いたい人がいて、寄りたい場所がある街。そのための企画と仕組みづくり、伴走支援をしています。

    http://hitotowa.jp/

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