2026-09-29

#40「子どもの遊び」から、都市空間を考える。自然に遊びが生まれるplayableな余白とは。(ジセダイラボ)

子どもにとって、暮らしのなかの「遊び」とはどんな営みでしょうか。

近年、都市部における「子どものための場づくり」は広がりつつあります。しかし、場所を用意するだけでは思うように機能しないことも少なくありません。では、子どもが育つ「まち」に本当に必要なものは何でしょうか──?

はじめまして、HITOTOWAの草田です。

私は新卒入社した会社で保育士資格を取得し、子どもの発達支援や療育に携わってきました。その後、佐賀県の地域おこし協力隊として、子どもの居場所づくりに関わる企画立案や事業運営、市民の伴走支援などを経験。2025年からHITOTOWAに入社し、現在はネイバーフッドデザイン事業に携わっています。

これまでの経験のなかで、子どもたちから「困った」の声を聞いたり、子どもの居場所をつくろうとする地域の大人たちから子どもを取りまく環境への課題意識を聞いたりする機会がありました。そうした経験から強く感じたのは、「子どもが安心・安全に過ごせる環境をつくるには、『子どもの視点』に立って考えることが重要」だということです。

期間限定でストラックアウトを公園で実施できるようにした社会実験。同時に子どもたちの声を聞くアンケートも実施しました。

「子どもの視点」から見た都市の暮らしはどうでしょうか。住宅価格の高騰による住まいの狭小化や、公園をはじめとする公共空間の減少など、近年の都市環境の変化は、子どもたちの日常にも大きな影響を及ぼしていそうです。

今回は、変化し続ける都市のなかで「子どもたちの暮らし」を読み解くにあたり、子どもたちの日常に欠かせない「遊び」を切り口に、考えてみたいと思います。

 

次世代の課題を探求する、「ジセダイラボ」の学びから考える

さて、HITOTOWAでは2024年度より、株式会社コスモスイニシアと協働で「ジセダイラボ」という社内研修を行っています。これは、次世代を担う子ども・若者をめぐる社会課題や、都市空間の可能性を探究するプロジェクトです。

今年度は、まさに「子どもの遊びと都市」をテーマに学びを深めています。そこで本記事では、ゲストとしてお招きしたお二人——公共R不動産の松田東子さん(以下、松田さん)と、TOKYO PLAYの嶋村仁さん(以下、嶋村さん)——の講義から得た学びや視点をシェアしながら、子どもたちが都市の中で健やかに育つための環境について考えていきます。

 

ここで冒頭の問いに戻ります。そもそも子どもにとって「遊び」とは、暮らしのなかでどのような営みなのでしょうか。

私たち大人は、つい勉強やお手伝いのごほうびとして「〇〇したら遊んでいいよ」と言ってしまいがちです。また、鬼ごっこやゲームのように名前やルールのついた活動は理解できても、ただ小石を重ねたり、ぼんやり過ごしたりしている姿を見ると「なんで遊ばないの?」と聞いてしまいたくなることもあります。

講義で松田さんと嶋村さんが強調していたのは、子どもにとっての遊びは「食べること・眠ることと並び、子どもが育つうえで欠かせない『いのちの仕組み』」であり、「将来の労働のためにエネルギーを貯めるものではなく、自ら文化を作っていく源である」ということ。

つまり、遊びは「何かのための手段」ではなく、健やかに育つうえで「だれにでも当たり前に保障されるべき基本的人権」なのです。

文化や伝統は「遊び」から生まれてきました(※)。遊びとは、自分の内側から湧き出ることもあれば、他人に自然と巻き込まれることもある「中動態」的な営みです。それは自発的な意思(能動)でも外部からの強制(受動)でもなく、「気がついたら夢中になっていた」という状態を指します。

※ホイジンガ『ホモ・ルーデンス』2019, 中央公論新社

例えば、だれかを驚かせてゲラゲラ笑うこと、小石を積み重ねてじっと眺めること。大人はつい「良い・悪い」を評価し、「それはダメだから、みんなでこれをやろう」と導こうとしたり、成長のための「できる」をつくる学びとして捉え、変えようとしてしまいます。

しかし本来、遊びとはだれかに強制されたり決められたりするものではなく、自分の意思で決定することができる自由な営みです。生産性や目的を求める必要はありません。

子どもが育つうえで欠かせない「権利」として遊びを捉え直すとき、まずは大人が「自分たちの遊び観」から脱却することが求められます。「子どもを成長させるため」という思考自体が悪いわけではありませんが、一歩間違えると、それは子どもの世界ではなく「大人側の都合(人的投資の視点=こんな大人にさせたい)」になってしまう点に注意が必要です。

 

「少子化の時代で、昔よりエンタメやコンテンツはあふれている。今の都市で、子どもの遊びの何が問題なの?」と思う方もいるかもしれません。

都市生活のなかで子どもの遊び環境が急激に貧しくなっていることについて、嶋村さんは「時間」「場所」「許容性」の3つの側面から指摘します。

 

① 時間の減少

放課後に友達と遊ぶ頻度が「週1回以下」の小学生は69.9%※1、都市部では平日の放課後に外でまったく遊ばない子どもが約8割※2。小学生の習い事率は7〜8割で推移しており、高所得層・都市部ほどその傾向が顕著です。現代の子どもたちには、自由に遊ぶ「時間」が圧倒的に不足しています。

② 場所の減少

放課後に友達の家で遊ぶ小学生の割合は、過去10年間で約17ポイント減少※3。代わりにゲームセンターやファストフード店などの商業施設で過ごす割合が増えています。さらに近年は、酷暑により外遊びが制限される保育・教育現場も増えています。

③ 許容性の低下

大人の視点から、子どもが自由に過ごせる空間にさまざまな制約がかけられています。東京23区では、ボール遊びを規制している公園が約8割※4にのぼります。

自由な遊びが減ることで、異なる年齢の人と自然に関わり、トラブルを自分たちで解決したり、ストレスを発散したりする機会も奪われています。嶋村さんによると、近年の小学校低学年におけるいじめや校内暴力の増加にも、こうした背景が少なからず影響しているといいます。

 

子ども自身は自分の遊びが乏しくなっていることに気づきにくく、仮に感じ取れたとしても、大人に伝えられる言葉を持っていません。

 

では、次世代の子どもたちが健やかに育つ都市空間やまちは、どのようにつくっていけばよいのでしょうか。

松田さんは、「遊び場という特定の場所をつくるだけでなく、空間に『遊び心』をどう加えるかが重要だ」と語ります。

「『監視がないから自由に遊べる』側面もあれば、『だれかが見守ってくれるから安全』という側面もあります。そのバランスをとる空間づくりは簡単ではありません。

だからこそ、単に『子どものための場』をつくるのではなく、多様な用途のなかに『遊び心』を掛け合わせることが大切。そうすることで、子どもだけでなく、あらゆる世代が心地よく過ごせる場になります。

インクルーシブというと『我慢して受け入れる(tolerance)』と捉えられがちですが、そうではなく『心から歓待する(welcome)』こと。それによって、受け入れる側も使う側も変化していくのです」(松田さん)

例えば、「不登校の子どもたちのための居場所」とするよりも、「だれもが立ち寄れる駄菓子屋さん」である方が、結果的に子どもたちも気兼ねなく集まれることがある。「だれかのための特別な場所」ではなく「みんなの場所」にすることで、地域の居心地がよくなっていくというお話には、深く納得させられます。

同様に嶋村さんも、大人があらかじめ用意した空間(Play Space)ではなく、街のなかに自然と生まれる「遊べる空間(Playable Space)」がいかに成立するかが重要だと指摘します。

TOKYO PLAYが手がける取り組みのひとつに、道路の一部を歩行者天国にして遊べるようにする「みちあそび」があります。

本来はともに遊びをつくる主体である子どもや保護者を「消費者」や「お客様」として位置づけると、自由な営みであるはずの遊びが「だれかに提供されるサービス(受け身)」となり、ともに遊びを育む力を奪うことになりかねません。

ある日、道路に絵を描いていた子どもが水でその絵を消そうとしたところ、その様子を見た近くのお花屋さんが「うちの水とバケツを使いなさい」と声をかけてくれたそう。普段は直接的な関わりがなくても、こうした場面を通して「つい声をかけてしまう関係性」が育まれ、大人側の子どもに向けられる眼差しが変わっていきます。

こうした環境がなかなか生まれない根本には、現代社会における「大人同士の関係性の貧困」があると嶋村さんは示唆します。トラブルやリスクを避けるために「じゃあ、やめておこう」と距離を置いてしまうことが、結果的に子どもと関わる機会をつみとっているというのです。

さらに、嶋村さんは、少子高齢化で大人の割合が相対的に増えていく今後、専門家や専門施設だけに遊びを委ねてしまうと、地域で子どもと関わる大人がますます減ってしまうと危惧します。「遠くのだれかをサービスとしてもてなすのではなく、身近な隣人同士の関係性をどう育むか」が問われているのです。

 

多世代、多用途に開かれた“遊び”のデザイン──HITOTOWAの事例から

HITOTOWAが携わるプロジェクトにおいても、子どもの遊びをまちのなかで創出することでつながりを育もうとする事例があります。

例えばあるまちでは、集合住宅の隣の提供公園をプレイパークにすることで地域全体のコミュニティ醸成を試みていたり、また別のまちでは、郊外の歴史ある戸建て住宅団地の公園ルールを再考し、社会実験的に子どもが楽しめる企画を実践していたり。

新設された集合住宅に隣接する公園を活用し、地域の自治会や団体と連携してプレイパークを開催。子どもと関わる大人の存在を増やし、だれもが遊び心を持つことで、緩やかにつながり合える関係づくりを目指しました。(大阪府三島郡島本町「JR島本駅西地区」)

それぞれの事例で言えることは、地域で「どうぞ、使ってください」と歓待する雰囲気をつくり出すことによって、子どもだけではなく多様な世代が参加していることや、当初は意図していなかった遊びが広がっていることです。

例えば、子どもが楽しめるようにと用意したバスケットゴールに、「私もシュートしてみたいわ」と、近くを通った高齢の方がチャレンジ。さらにはそれを見た子どもが、「大人がやっているなら、私もやりたい!」と参加するように。そこに制限はありません。また、トラブル防止のために遊びのルールを設けるべきか、大人の関わり方が検討されましたが、ルールをつくると子どもの自由な発想や自分たちのあり方まで制限してしまうと考え、あえて設定しない判断をしました。

画一的な遊具で足が遠のいていた公園が、一時的に子どもたちを「歓待」する場所へと変化しました。 (八王子市「みつい台団地」)

このように、「遊び」は本来、だれにでも開かれているもの。対象や用途を限定せず、余白を持たせることが大切であり、そうした考え方を地域でシェアしていくこともまた、ポイントになりそうです。

 

おわりに:大人のレンズ、子どものレンズ

今回の学びを通じ、子どもたちが健やかに育つ空間には、それを支える大人同士の豊かな関係性や、ご近所同士でゆるやかに歓迎し合える空気感が不可欠であると実感しました。

HITOTOWAが「ともに助け合えるまち」を育んでいくプロセスでも、子どもたちの存在に触れる機会が多くあります。ついつい、言葉をたくさん持っている大人の声が大きくなりがちですが、「子どもの暮らし」にも想像を巡らせて、どんな日常になったらよいかを考える翻訳者になれたら、と感じます。

どんな大人にも、かつて子どもだった時代がありました。まちを見つめるとき、大人のレンズだけでなく、時には“子どものレンズ”をかけてみること。そうすることで、私たち自身も忘れていた「大切な遊び心」を取り戻せるのかもしれません。

(HITOTOWA INC. 草田 彩夏)

 

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【ジセダイラボ グラフィックレコーディング ©関 美穂子】 

 

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人と和のために仕事をし、企業や市民とともに、都市の社会環境問題を解決します。 街の活性化も、地域の共助も、心地よく学び合える人と人のつながりから。つくりたいのは、会いたい人がいて、寄りたい場所がある街。そのための企画と仕組みづくり、伴走支援をしています。

http://hitotowa.jp/

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