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【研修レポート】福島県浪江町視察(2017.10.18〜19)

2017-11-27

COLO CUPなどで福島の支援をしている中で、さらに福島の現状や防災減災を学ぶために、10月18日(水)・19日(木)、福島県の浪江町を視察研修として訪ねました。

浪江町は、平成23年3月11日の東日本大震災にて、震度6強の揺れ、15.5メートルの大津波、福島第一原子力発電所の事故による被害を受け、全町避難を余儀なくされた町です。そして、震災から6年たった平成29年3月31日をもって避難指示の一部が解除されました。

そんな浪江町が、現在向き合っている課題や現状について現地で学ぶべく、今回の研修を行いました。そこで、実際に見たこと、聞いたことをみなさんと共有できるよう、レポートとして記したいと思います。

 

今回の研修でお世話になったのは、福島県浪江町役場まちづくり整備課計画係の菅野孝明(かんの たかあき)さん。町の様々な場所を案内していただきました。

 

1.仮設商店街施設「まち・なみ・まるしぇ」

まず訪れたのは、仮設商店街「まち・なみ・まるしぇ」です。


「まち・なみ・まるしぇ」は浪江町役場の裏に位置し、飲食店、クリーニング屋、日用雑貨店等、計10店舗で構成されている商店街です。

町の復興に協力したいという10店舗の方々が集まってくださり運営が始まった商店街。なんと、今までは布団屋をしていた方が和食屋を経営するなど、新たなことに挑戦されている方も。浪江町B級グルメの「浪江焼きそば」などもあり、お昼時には多くの人で賑わっていました。

 

2.請戸川、町営大平山霊園

続いて、請戸川、そして、町営大平山霊園を訪れました。

請戸川付近は、津波の被害にあった地域です。650世帯、1900人が津波の犠牲となり、31名が行方不明となりました。

更に、この付近も原発の被害に遭いました。水素爆発が起きた時は染度が低かったそうで、この地域で救助に当たる人たちも多くいました。しかし、その翌日に再度救助に入ろうとした時には染度が高くなっており、半径10キロメートルが立ち入り禁止となりました。

「助けられる命が助けられなかった。」

そう語る菅野さんの言葉が印象的でした。また、当時は、現地の人でさえも情報をメディアで知ることが多かったそうです。よって、コミュニティでの避難をすることができず個々で避難することとなりました。

この事実が、避難指示が解除されても、浪江町に戻ってくるという判断をする気持ちが薄れる原因となっているのではないかとのことでした。

この地域は、現在も、災害危険区域となっており、寝泊りの場所としては使えない区域です。この土地をどう活用していくか、今でも課題となっています。

その後訪れた大平山霊園は、震災当時は畑が広がっていた場所で、比較的標高の高い場所に位置していました。

震災直後、大平山霊園から更に東へ向かった海の近くに位置する請戸小学校の皆さんは、津波が来るまでの47分間で、2キロ先のこの場所に避難したことにより、全員が助かったそうです。

そして現在は、この土地が霊園となりました。

菅野さんの復興計画としての最初の仕事は、この大平山霊園を作ることでした。その理由は、町民の一番の望みが、お墓を作って欲しいというものだったからだそうです。

何よりも、震災で亡くなったご遺族のためのお墓が早く欲しい。そんな町民の願いを叶えるべく、通常は5年かかるところ、2年で共同墓地を完成させました。

共同墓地の前には、いくつかのベンチが置かれています。災害危険区域となり、住む人はいなくなってしまった地域ですが、年に数回はお墓参りに訪れる方々が顔を合わせ会話をする、今後、そのような場所になっていくのだろうと思います。

 

3.浪江町地域スポーツセンター

その後、浪江町駅の裏に位置する、「浪江町地域スポーツセンター」にも訪れました。

浪江町地域スポーツセンターは、メインアリーナ、サブアリーナ、トレーニングルーム、会議室からなる、施設の充実したとても綺麗なスポーツセンターです。

本来ならば、東日本大震災直後の平成23年3月25日竣工予定でしたが、震災の影響により今年の4月から開設されました。

見学時も、トレーニングルームで汗を流し、スタッフの方と楽しそうに会話をする使用者の方々の姿がありました。みなさん、以前は浪江町に住んでおられましたが、震災により町外へ避難した方々とのこと。スポーツセンターを利用するために、町外から訪れているそうです。

現在、講演会や町民のレクリエーションとして使用されているスポーツセンター。とても充実した施設のため、今後も利用者が増えていくことでしょう。

 

4.浪江町役場

さらに、浪江町役場にも訪れました。

1階の待合スペースには、町をパトロールする町民の方々の姿もありました。

避難指示により空き家が多くなったため、町の安全を見回る役目を、町民の皆さんがボランティアとして担っておられるそうです。

 

5.町の風景

また、町の様子も見せていただきました。

見て回ったのは、駅周辺の住宅街と、少し北へ上がった畑の広がる地域の2区域です。

どちらの区域も、人が住んでいる家はほんの少しでした。建物にはヒビが入っていたり、塀が倒れていたりと、震災直後のまま時が止まっているような印象を受けました。また、畑は雑草が生い茂り、除染をした土がゴミ袋に入れられ空き地や畑の端に積まれていました。

夜は、現在、浪江町で唯一の宿泊施設に泊まらせていただきました。

町で唯一夜に集える場所でもあるため、町民の方々の明るい笑い声も溢れ、暖かい雰囲気の民宿でした。

「震災により、浪江町からは多くのものがなくなった。しかし、今、浪江町に本当に必要なものは何かを考えるチャンスだと思う。」そんな菅野さんの言葉がとても印象に残っています。

 

今回の研修でお会いした方々、みなさんとても真剣に、熱い想いを持って、浪江町のことを考えておられました。

social football COLO としてできることは、今回の研修で見たこと、感じたこと、そして町の皆さんの想いをしっかりと受け止め、防災減災を広めていくことだと強く感じています。今回の研修で出会った皆さんとの繋がりを大切に、今後も邁進して参ります。

最後までご拝読ありがとうございました。

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“social football COLO”はサッカー、フットサルといったフットボールを通じた社会貢献を行うために結成されました。 世界で最も競技人口が多く、最も愛されているスポーツのひとつであるフットボール。その魅力を活かし、復興支援とこれからの防災減災に取り組むことにしました。想いを込めて応援する、そして、その先の感動をともに。

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